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2017.05.27 (Sat)

荻生徂徠の墓


    ※画像をクリックすると、大きな写真を見ることができます。


 5月5日のブログで紹介した幽霊坂を下って、すこし歩くと見つけました。
 やはり、江戸には人が多く住んでいたのだなと思う。


   荻生徂徠の墓

 私は荻生徂徠については、江戸時代の儒学者ということしか知らない。
 ああ、あと、落語の『徂徠豆腐』くらい。
 ちょっと調べてみると、「赤穂義士の討ち入り事件で切腹を主張」した人物ということがわかった。


   ※荻生徂徠(Wikipedia)


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 荻生徂徠(おぎゅう そらい、1666~1728)
 江戸中期の儒学者。名は双松(なべまつ)。字は茂卿。通称は惣右衛門。江戸の人。
 初め朱子学を学び、のち古文辞学を唱道。
 門下に太宰春台・服部南郭ら。著「政談」など。
 父は五代将軍・徳川綱吉の侍医・荻生景明。弟は徳川吉宗の侍医で明律研究で知られた荻生北渓。(広辞苑、Wikipedia から)
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 墓は、東京都港区三田四丁目の長松寺にある。


    ※画像をクリックすると、大きな写真を見ることができます。


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タグ : 徳川吉宗 切腹 赤穂義士 儒学者 徂徠豆腐 荻生徂徠 幽霊坂

06:00  |  東京  |  トラックバック(0)  |  コメント(2)

Comment

宇美浜りんさんへ

こんにちは

徂徠さんも赤穂浪士のやったこと、経緯はよくわかっていた上で、そのような発言をしているのですよね。

「泣いて馬謖を斬る」に近いかもしれません。

星田直彦 |  2017.05.28(日) 15:02 | URL |  【編集】

判断は正しかったと思います。

徂徠の「浪士に処罰を」という判断は、私は賛成します。
主君の無念を晴らすのは個人的には立派なことに思えても、現代の法治国家に暮らす者としては、裁判の結果に納得がいかないからって、徒党を組んで殴りこみをするというのは納得できません。
ましてや江戸時代というのは、暴力が支配する戦国時代が終わって、平和な時代を作ろうとしてたのですから、暴力で解決するのは良くないと思います。
もちろん、芝居としての忠臣蔵を否定する気はありませんが、個人的には見たくないです。これに限らず、裁判もの・復讐ものの作品は、一緒に見に行こうとする人に事前に意見を聞いたほうがいいかも。
宇美浜りん |  2017.05.27(土) 09:48 | URL |  【編集】

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