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2017.02.02 (Thu)

ちはやふる -下の句-



 大学というところは、3年生、4年生がゼミに所属するのですが、この時期、現2年生が自分たちの研究室を決める時期でもあります。私のゼミに何名か入ってきました。

 で、現ゼミ生と新ゼミ生の顔合わせと親睦を兼ねて「百人一首大会」を行うことにしました。
 何人かは『ちはやふる』を読んだり、見たりしていて、以前よりも百人一首が身近になっているようです。


   『 ちはやふる -下の句- 』

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 感動の二部作、ついに完結。
 舞台はいよいよ全国大会へ。
 新に東京都大会優勝を報告する千早に、思わぬ新の告白「かるたはもうやらん……」。
 ショックを受ける千早だが、全国大会へ向けて仲間たちと懸命に練習に励む。
 そんな中、千早は、同級生ながら最強のクイーンと呼ばれる若宮詩暢(わかみやしのぶ)の存在を知る。全国大会の個人戦で詩暢と対決する可能性がある。
 新に「強くなったな」って言われたい、詩暢に勝てばもう一度新とかるたを取れるかもしれない……。クイーンに勝ちたい! 新に会いたい! 千早の気持ちは次第に詩暢にとらわれ、「競技かるた部」の仲間たちから離れていってしまう。
 そして、そんな千早の目を覚まさせようとする太一。千早、太一、新の気持ちが少しずつすれ違っていく……。
 今、泣きたくなるほど熱いクライマックスの、幕が上がる―!!!
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 まあ、私としては、現ゼミ生が「こんなにすごいのだぞ!」という貫禄を新2年生に見せたいわけで、あらかじめ現ゼミ生には百人一首を暗記させたり、練習させたり、努力をしたわけです。
 覚えれば覚えるほど、取れる札が増えてくるので、楽しくなります。

 で、先日、いよいよ百人一首大会が行われました。



 102分。

 練習の回も合って、現ゼミ生が大差で勝利。
 「ちはやぶる……」などは、「ちは」だけで取ってくれました。これでこそ百人一首です。
 楽しい機会を持つことができました。

 またやりたいな――ゼミ生たちのそんな雰囲気を強く感じることができました。
 百人一首って、いい文化だなぁと思います。

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タグ : 千早 下の句 ちはやふる 百人一首 大学 ゼミ 上の句 広瀬すず

06:00  |  映画・テレビ  |  トラックバック(0)  |  コメント(3)

Comment

誤解してたかな

ご説明ありがとうございました。
新人と、その先輩になる人々の間にそれほど大きい実力差があったわけではなく、ハードな内容の部活のような特訓をしたわけでもなかったのですね。安心しました。
勝負とか戦いとかの内容に疲れてたのかな。今は勝負シーンのある映画より、のんびりとして楽しめる自然や遺跡とかの映像とかを見たいかも。
宇美浜りん |  2017.02.02(木) 21:35 | URL |  【編集】

宇美浜りんさんへ

こんばんは。
コメント、ありがとうございます。

ブログでの私の書き方からでは読み取れませんが、
「そこまでして」
「わざわざ特訓をしてまで」
というところが違うのです。

初めは、新ゼミ生との対戦なんて誰も考えていないところからのスタートでした。
お正月だから百人一首だね。
でも、あまり経験したことないよね――のような感じでした。

ある程度覚えないと面白くならないので、ちょっと力を入れて覚えさせました。
すると彼らも面白くなってきたようでした。
それなら、今度入ってくる新ゼミ生と対戦してみようかと私が考えました。

「勝ちたい」とはかなり違います。
百人一首なんて、全然知らなかったところからちょっと練習するだけで、こんなになれるということを、学生に知らせたいという意図です。

》現ゼミ生が「こんなにすごいのだぞ!」という貫禄を

とは書いてしまいましたが、

》現ゼミ生が「ここまで来たぞ!」という結果を

と書いた方が現実に沿っています。

こんな感じだったわけです。
星田直彦 |  2017.02.02(木) 20:47 | URL |  【編集】

そこまでして貫禄を見せなきゃだめですか?

私が子供の頃、周囲の大人達には「相手を立てて勝ちをゆずる」タイプと、「打ち負かして貫禄を見せる」タイプがいました。父は前者で母は後者でした。
もし私が主催なら新人たちがやりたいことをするか、もしくは新人たちに勝ちを譲りたいと思いました。
もちろん「楽しかった」と言った学生もいたでしょう。でも私も母の前で、無理に「相手に勝つのは楽しい」と言わされたことがあります。目の前では負けた相手が泣いてて、罪悪感でいっぱいだったのに。
わざわざ特訓をしてまで「貫禄」って見せなければいけないのでしょうか。そんなことしなくたって、上級生や先輩なのですから、尊敬する気持ちは持っているのでは?
本来なら勝ち負けよりも、楽しんでする遊びを、なぜ「勝たねばならない」と思うのでしょうか。「貫禄」ってみせなきゃいけないのでしょうか。そのための「特訓」て必要だったのでしょうか。今回の文章を読んで、考えました。
なお「ちはやふる」ですが、テレビでたまたま見た話が、争いごとが嫌いそうな部員たちに対し競技に勝つためにスパルタ特訓をする話で、「自分には向いてない」と思ってそれ以降は見ていません。いい話だと言う人もいますが、他人に話を合わせて自分に向いてないものを無理に見てもつらいので。

少々長い文章になりました。言いたかったことを整理します。
新人たちに勝ったことは、正々堂々と勝負したのですからいいのです。それが素の状態の実力なら。
しかし、勝つために専攻分野ではない事柄にわざわざ時間を割いて特訓をした様子が、過剰に気合を入れて描かれていて、「そこまでして勝ちたい理由は何か」と考えると、「貫禄を見せたい。自分達が偉いのだと思わせたい。」のでは?と。
そこまでしなくても、たくさんある選択肢のなかから、この研究室を選んでくれた学生たちです。先生や先輩たちを尊敬しているはず。その新人達を、わざわざ自分に有利な競技で勝負し、打ち負かしてまで「貫禄」をみせたかったのでしょうか。
新人達の健闘をたたえるとかもなく、自分達の圧勝した様子を強調。勝利の美酒に酔いつぶれる、とはこういうことでしょうか。
百人一首を純粋に楽しんでいたとは思えない。複雑な思いがしてしまったのです。
宇美浜りん |  2017.02.02(木) 19:53 | URL |  【編集】

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