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2015.09.27 (Sun)

旧日本郵船(株) 小樽支店


   ※画像をクリックすると、大きな写真を見ることができます。


 小樽駅からバスに乗って、ここまできました。
 バスの時刻表もスマホで簡単に調べられるようになって、とても便利になりました。


   旧日本郵船株式会社小樽支店
   

 ごらんのように、なかなかかっこいい建物です。
 重要文化財です。
 説明板には、1906年(明治39年)に立てられたと書いてありました。
 日露戦争が終わったのが1905年ですから、その翌年にできたということです。

 中に入ってみました。
 ちょうどタイミングがよくて、ガイドさんが中を案内してくださいました。



 私が興味を持ったのが、この石。「大日本帝国」と書かれています。
 さて、この石にはあるとても重要な役目を持っているのですが、それは一体なんでしょう?

 答えを聞いて「へぇ~」と思いました。
 この石の裏の面も写真に撮りました。それを見れば、ヒントになると思いますよ。

【 続きです! 】




 外国語が刻まれています。写真ではわかりにくいかもしれませんが、「1906」という年も刻まれています。
 さて、ヒントになりましたか?

 この石は、「国境碑」です。

 現在の日本だと「国境碑」が必要になる場所はあるのかなぁ?
 ちょっとすぐには思い浮かびませんが、1906年当時では必要だったのです。

 日露戦争後のポーツマス会議で、ロシアは樺太の北緯50度以南の領土を日本へ譲渡することとなりました。


   ※画像をクリックすると、大きな写真を見ることができます。


 簡単に言うと、この件についての細かい内容を定める会議(樺太国境画定会議)がこの建物で行われたのです。そして、日本とロシアの国境を示すためにこのような石が現地に置かれたということです。
 ガイドさんの話に寄れば、この石は人力で運ばれたそうです。大変な作業だったと思います。

 この石はレプリカですが、その会議が行われた場所はきちんと保存されていました。



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テーマ : 北海道 - ジャンル : 地域情報

タグ : 大日本帝国 重要文化財 旧日本郵船株式会社小樽支店 小樽駅ロシア ポーツマス会議 国境碑 ルネサンス 樺太国境画定会議 

00:10  |  北海道  |  トラックバック(0)  |  コメント(4)

Comment

きくちゃんさんへ

こんにちは!

本物はどうなったか?
運ぶのは大変だから、その位置で破砕されたのでしょうね。
私ならそうするように指示します。

でも、一つくらい残っていたりして・・・
星田直彦 |  2015.09.29(火) 14:31 | URL |  【編集】

わかりました。

国境に設置されている本物の写真を見たことがあり、すぐにわかりました。
(ミリタリーファンなので。)

本物はどうなったのでしょう?

破壊されたのでしょうね。 



各国の大使館は本国の領土と同じ扱いなので、
中に入るということは国境を越えるということになるかも。
きくちゃん |  2015.09.28(月) 10:59 | URL |  【編集】

アンギラスさんへ

こんばんは。

私は、県境を越えるときでさえ、ちょっとドキドキします。
国境線を越えるって、日本にいたらなかなか体験することは出来ないですね。

いやいや、調べてみたら、できるところがあったりして!
星田直彦 |  2015.09.27(日) 21:53 | URL |  【編集】

数少ない国境線

日清戦争で得た遼東半島は、ごく僅かの期間しか領有できなかったので、実質的に国境線で無いものとしたら、
樺太と朝鮮半島の国境線が目に見える形の長期間の国境線だったわけですね。

でも、菊の御紋の下に「堺境」とありますので、なんとなく境界を示す碑である事は想像できました。
アンギラス |  2015.09.27(日) 14:22 | URL |  【編集】

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