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2015.06.03 (Wed)

伏見港


   ※伏見港の跡地にある復元模型

 かつて、京都・伏見には「港」があった。
 といっても、海の港ではなく、川の港「河川港」だ。
 三十石船が大阪-伏見間を行き来していた。
 江戸時代になると、高瀬川が開削されて、京都と伏見がつながったので、伏見はますます発展した。



 そういうことは「知識」としては持っていたのだが、すっかり忘れていた状態で、ここを初めて訪れたので、「そうか、ここが港として栄えていたのか~」となんだかびっくりしてしまった。

 だから、坂本龍馬は伏見によく来ていたのか~。
 交通の拠点としての伏見の重要度は今とは全然違っていたわけだ。
 ちょっと想像ができない。

 今日は、伏見港の写真集。




   ※画像をクリックすると、大きな写真を見ることができます。


 現在の伏見港は、港としては使われずに、公園になっている。
 観光用に十石船が通るくらいだ。




   ※三栖閘門資料館

 この「三栖閘門(みすこうもん)」を訪れたのも、当然初めて。
 どういう役割を果たしていたのかは、資料館を訪れてよくわかった。
 HPでも説明が読めます。

   三栖閘門資料館
   http://www.misu-museum.jp/


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テーマ : 京都 - ジャンル : 地域情報

タグ : 三栖閘門 三栖閘門資料館 十石船 坂本龍馬 三十石船 河川港 伏見港 伏見みなと公園

06:00  |  京都  |  トラックバック(0)  |  コメント(2)

Comment

はるまさんへ

こんばんは。

この伏見港が賑わっていたこと、
大阪湾から琵琶湖まで船で荷物を運んでいたこと……

ん~、どうも想像がつきません。

しかし、人力、馬力で物を運ぶより、船の方が圧倒的に有利なわけで、琵琶湖から大阪湾まで船の安全な航行が可能になれば……と誰しも考えますよね。

ただ、言うのは簡単で、その工事は本当に大変だったと思います。
星田直彦 |  2015.10.16(金) 17:29 | URL |  【編集】

琵琶湖疎水

こんにちは、

 既にどこかで書いておられるかと思いますが、
伏見港が有効に機能していたから琵琶湖疎水開鑿の意味があり、大阪湾から琵琶湖北端まで舟で荷物が運べるようになりました。
はるま |  2015.10.16(金) 10:55 | URL |  【編集】

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