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2014.04.13 (Sun)

石川啄木 終焉の地


   ※どうやら、マンションのようだ。

  4月13日は、石川啄木の命日。
 昨年、東京の小石川植物園を訪れたのですが、茗荷谷駅から小石川植物園まで歩く途中で見つけました。

 東京で石川啄木が亡くなったというのは知っていましたが、ここだったというのは知りませんでした。
 歩いていて偶然見つけたので、写真に収めました。


   ※画像をクリックすると、大きな写真を見ることができます。

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 東京都指定旧跡
 石川啄木終焉の地

   所在地 文京区小石川 5丁目11番 7号
   指定 昭和27年11月3日

 石川啄木は明治19年(1886)2月20日(または18年10月27日)、岩手県南岩手郡日戸村(現 盛岡市玉山区日戸)の常光寺で生まれた。本名を一(はじめ)という。
 盛岡中学校入学後、『明星』を愛読し、文学を志した。生活のため、故郷で小学校代用教員となり、のち北海道に渡り地方新聞社の記者となったが、作家を志望して上京、朝日新聞社に勤務しながら創作活動を行った。歌集『一握の砂』・『悲しき玩具』、詩集『あこがれ』・『呼子と口笛』、評論『時代閉塞の現状』などを著した。
 啄木は、明治44年(1911)8月 7日、本郷弓町の喜之床(現・文京区本郷2丁目38)の二階からこの地の借家(当時の小石川区久堅町74番46号)に移り、翌年病没するまで居住した。
 この地に移った啄木は、既に病魔に侵されていた。明治45年 4月13日午前 9時30分、父一禎、妻節子、友人の若山牧水に看取られながら、結核により26歳の若さで亡くなった。法名は啄木居士。

   平成20年12月 設置  東京都教育委員会
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テーマ : 東京 - ジャンル : 地域情報

タグ : 若山牧水 文京区 悲しき玩具 一握の砂 明星 茗荷谷 小石川植物園 石川啄木 終焉の地

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