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2014.02.09 (Sun)

わにのお墓



 先日、「わにのお墓」に行ってきました。
 「わにのお墓」ということになっているという方が正しいかもしれません。

 みなさんは、「わにのお墓」をご覧になったことがありますか?
 お墓にお参りするためには、上の写真のようなかなり豪華な門をくぐることになります。
 また、すぐ近くにある建物では、「わに」の業績も紹介されていました。


   ※画像をクリックすると、大きな写真を見ることができます。
   ※千字文(映り込みが激しくて、見づらいですね。すみません)


 「わに」は日本に進んだ文化を伝えたのですから、ここには一度来てみたかったのです。

【 続きです! 】



   ※「王仁」の字が見えますか?

 王仁(わに)の墓(伝王仁墓)は、大阪府の枚方市藤阪東町2丁目にあります。

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わに【王仁】
 古代、百済からの渡来人。漢の高祖の裔で、応神天皇の時に来朝し、「論語」10巻、「千字文」1巻をもたらしたという。和邇吉師(わにきし)。
(広辞苑)
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※王仁(『前賢故実』より)

 すぐ近くにあった説明板には……、

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 江戸時代中期の京都の儒学者であった並川誠所(なみかわせいしょ)が、享保16年(1731)に枚方市禁野本町の和田寺の古記録から、王仁(わに)の墓が藤阪御墓谷(おはかだに)にあることを知り、この地を調査して現在の自然石の立石を発見し、これを王仁博士の墓としたものです。
「古事記」によると、王仁博士は古墳時代前期の4世紀末に朝鮮半島の百済(くだら)国から渡来(とらい)し、「論語(ろんご)」10巻・「千字文(せんじもん)」1巻をもたらし、古代から学問の祖として崇敬(すうけい)されてきました。
王仁の子孫は文筆(ぶんぴつ)をもって朝廷に仕え、西文氏(かわちのふみうじ)として羽曳野市(はびきのし)の古市(ふるいち)付近に居住し、周辺は河内随一の渡来文化の集積地として発展していきました。
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タグ : わに 千字文 わにのお墓 和邇吉師 論語 渡来人 百済 枚方市 伝王仁墓

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Comment

souuさんへ

こんばんは。

大きな病院のそばの住宅地の中にありました。

「千字文」っていうのは、
千字の中に同じ漢字が登場せず、
しかも韻律がきちんと整えてある
――と聞いたことがあるのですが、

漢文にしても、
英語の詩にしても、
韻を踏むということに関して、
ものすごくこだわって、
しかもそれもやってのける。

日本語でも私の知らないところで、
そんな文学があるのでしょうか?
星田直彦 |  2014.02.09(日) 20:41 | URL |  【編集】

千字文

ここへは行ってみようと思いながら何年経ったでしょうか?
千字文は子供に漢字を教えるために用いられた4字1句の漢文の長詩ですから
誰もが練習するものですね。
これを各書体に替えても書いています。
souu |  2014.02.09(日) 08:34 | URL |  【編集】

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