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2013.03.16 (Sat)

伊達政宗



 米沢の続き。

 米沢は、伊達政宗にもゆかりがある。

 伊達政宗といえば、仙台のイメージが強いのだが、米沢にどんなゆかりがあるのか?

 その前に、伊達政宗について、簡単に復習を。
 今回も短めに、『広辞苑』から。

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だて‐まさむね【伊達政宗】
安土桃山時代・江戸初期の武将。輝宗の子。独眼竜と称。父の跡を継ぎ覇を奥羽にとなえたが、1590年(天正18)豊臣秀吉に服属。のち関ヶ原の戦および大坂の陣に功をたて仙台62万石を領した。また、その臣支倉(はせくら)常長を海外に派遣。(1567~1636)
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 この文章の中には、米沢は出てこない。

 伊達政宗が生まれたのは、永禄10年8月3日(1567年9月5日)のこと。
 幼名が「梵天丸(ぼんてんまる)」というのは、よく知られている。

 「梵天丸も、かくありたい」は、流行語にもなった。

 で、梵天丸が生まれたのが、米沢城だったのだ。

 え?
 大河ドラマの『独眼竜政宗』って、1987年だったの!?
 そんな昔のことになっちゃったんだ……。



 この碑の横側に書かれている内容を。

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独眼竜と恐れられた戦国の英雄伊達政宗は、永禄十年(一五六七)八月三日、ここ米沢城で生まれた。幼名梵天丸。
父は伊達家十六代輝宗。母は山形城主最上義満の妹義姫。知略に優れた名将として知られ、米沢を本拠として伊達、信夫、田村、二本松、塩松、刈田各郡を領し、さらに会津地方を攻略した。しかし豊臣秀吉に大崎、葛西一揆の際異心を疑われて、天正19年(1591)岩手沢(現宮城県岩出山町)へ移封された。二五歳の冬である。
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   ※こちらは、仙台にある伊達政宗騎馬像。ウィキペディアから。

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タグ : 独眼竜政宗 梵天丸もかくありたい 梵天丸 独眼竜 仙台 伊達政宗 米沢

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